縁起
3月1日
読了時間: 2分
更新日:7月23日
「無駄なものは、なにひとつとして無い」
わたしが仏教とのご縁を授かった頃、頂いた言葉です。
いまの苦労、困っていること
子供や夫婦関係のトラブル
会社や仕事での行き詰まり
すべては、起こるべくして、起こっています。
-そんなはずはない。
こんなに苦しく、矛盾したことが
起きていいはずがない-
仰る通りだと思います。
この世界は、矛盾や不条理にあふれています。
でも、それでも
無駄なものは、なにひとつとしてありません
来たるべき時がくれば、落ち葉は落ち
微生物がそれを分解し、土をつくり
そしてまた、樹の赤児を育てます
そこには驚くほどに、神秘的なほど
無駄なものがありません。
私たちもそれにおなじ、自然の一部です。
起こるべきとき、縁は起こります。
人との出会いはもちろん、あらゆる出来事にも。
いまは良縁とは思えなくても
いつか、この出来事が実を結び、
新しい世界や夢、いま願うことに
つながることもあります。
もちろん、たしかなものは
なにひとつとしてありません。
そこに理屈や、科学的な見地は必要ありません。
というより、差し挟む余地はありません。
無数の縁と、エネルギーの流れにより
あらゆる物事は「起こります」
「起こす」のでは無く、
自然と「起こる」のです。
いまは苦しくて、悲しくて、
寂しくて仕方がなくても
いつか、この現実が実を結ぶ時が訪れます。
いまではありません
約束もありません
けれど、いつかきっと、です。
そう、いつの日にか。


