「不安」の構造
不安はどこから生まれているのか
あなたのこころに、不安はどのくらいありますか。
不安の対象はなんでしょうか。
-パートナーとの関係性
-子供の不登校や進路
-会社でのキャリア
ひとつ、あなたのこころに問いかけてみてください。
「いま抱えている悩み事が解決したとき、あなたの不安は無くなるでしょうか」
多くの人にとって、
ひとつの対象が解決しても、まだ不安が残り続ける
ということが当てはまります。
なぜなら、不安の対象となる事象-人間関係、子供のこと、キャリアなど-は枝葉に過ぎず、本当の原因は、根っこに横たわっている「不安」自体だからです。
つまり、「不安が、不安を感じる対象を探している」ということです。
対象が解決しても、また次の不安が現れる。
これは、心理学・愛着理論・トラウマ研究の視点から見ても、“人のこころの普遍的な構造”として認知されています。
不安とは何か-存在の揺れ
では、この「不安」とはなんでしょうか。
不安とは、「わたしという存在が安全で、確実かどうかが揺れたときに起きる、こころの反応」です。
-わたしという存在が安全かどうか
-わたしはここに居てよいのか
-わたしには価値があるのか
-わたしは愛されているのか
そうした“存在の確実性を求めるこころの反応”が「不安」です。
安全性や愛情、承認などを求めて、不安を起点に、人は枝葉となる事象を体験します。
ここで大切なことは
「枝葉となる事象は、あなたの求めている本質ではない」
ということ。
あなたのこころの根っこにある不安が癒されない限り、どれだけ枝葉を経験しても、また次の不安を探してしまいます。
不安の形成
根っこに横たわる不安は、「幼少期に於ける親との関係性」や「過去に受けたこころの傷」をもとに形成されます。
幼少期に於ける親との関係性
・親が不安定 → 他者の機嫌に敏感になる
・親が厳しい → 自分を責めやすい
・親が距離を置く → 親密さが怖い
・親が過干渉 → NOが言えない
わたしたちは親との関係性を基礎・テンプレートとして、いま、目の前の他者と関ります。
このテンプレートは大人になっても自動的に作動し、変えていくことは相当に難しさが伴います。
ですので、今の人間関係で抱く不安は“今の相手”が原因なのではなく、“昔の記憶”が反応している、ということが非常に多くあります。
過去に受けたこころの傷
脳は「危険を避けること」を最優先にします。
幼少期に傷ついた経験があると、脳はその記憶を“危険のデータベース”として保存し、大人になってから似た状況が起きると、
・過剰に不安になる
・過剰に怒りがわく
・過剰に気を遣う
これは脳が「昔の危険がまた起きるかもしれない」と誤解しているだけです。
つまり、枝葉の体験を通した不安は、過去の記憶の反応なのです。
根っこは「存在の不安」
枝葉の不安は「現在の体験、出来事に関する不安」ですが、根っこの不安は「わたしの存在にかかわる不安」です。
・わたしは愛されているか
・わたしは見捨てられないか
・わたしには価値があるのか
・わたしは安全か
つまり、過去に受けたこころの傷が、今のわたしの存在を揺らしている状態です。
これらは人間の根源的なテーマであり、今を生きるうえで強い影響力を持ちます。
大半の人が、この「存在の不安」を抱えていると言っても過言ではありません。
これは病気ではなく、人間のこころの自然な構造です。
むしろ、根っこの不安があるからこそ、人は他者やつながりを求め、生きることに意味を見出そうとします。
「存在の不安」と向き合う
最後に、この「存在の不安」とどのように向き合っていくかを伝えたいと思います。
1. 「存在の不安」の捉え方をみなおす
まず、この「存在の不安」を
-無くさなければいけない
-間違ったもの
などと捉えないでください。
この反応は
「過去のあなたの傷が、今のあなたを守ろうとする反応」だからです。
・また不安になってしまった
・落ち着かなければいけない
・こんな自分はダメだ
こうした自己否定は、不安をさらに強くします。
そうではなく、
「子供のわたしが、いまのわたしを守ろうとしてくれている」
と捉えなおすことが大切です。
2. 身体の反応を落ち着かせる
「存在の不安」は、まず身体反応としても現れます。
・胸のざわつき
・呼吸の浅さ
・胃の重さ
・からだのこわばり(緊張)
そのようなときは
・ゆっくりと息を吐く
・足の裏や手のひらの感覚を感じる
・からだを“いま”に預ける
からだが安心すると、揺れも自然と静まります。
3. 不安を言語化する
「不安」は言葉になるまえの感覚として、こころのなかに在ります。
この不安がどのような感覚なのかを、自分の言葉で置き換えていく作業をします。
・見捨てられるかもしれない
・価値がないと愛されないかもしれない
・ここにいて良いのか自信がない
・どこかへ消えてしまいたい
言葉に置き換えることで、脳が「何が起きているのか」を理解し始め、不安はちいさくなっていきます。
枝葉:今の出来事を通した不安
→ 幹:幼少期に受けたこころの傷
→ 根っこ:存在の不安
このような構造をイメージしながら、できるだけ根っことなる「存在の不安」に近づいていくことが大切です。
日記やノートに、自分の言葉を書き出す*ことも、大いに効果があります。
*ライティング・キュアと呼ばれます
安全な他者との関係で揺れを再体験する
「存在の不安」は親との関係で生まれた“存在の揺れ”です。
ですので、他者との安全な関係のなかでしか癒されることはできません。
・自分を否定しない
・感情を急かさない
・境界線を尊重してくれる
・責めない
こうした安全な関係性のなか、「揺れても大丈夫なんだ」という新しい経験を重ねることで、価値観が書き変わっていきます。
この経験を経ていくなか、自分が自分に「揺れてもいい」という許可を与えていくことができるようになります。
不安とともに生きる
「存在の不安」と向き合うことは、人生をかけた壮大なテーマです。
短期間で変われるようなことではなく、何年も、長い時間を経て向き合っていくものです。
わたしたちは幼い頃、大きな傷を抱え、
それを癒す作業をしながら、大人になっていきます。
時間の長さだけを捉えるならば、
人生の時間とは、傷を癒すために必要な時間
とも言えるかもしれません。
痛みや苦しみは伴いますが、
「本来のわたし」を生きるため、大切なプロセスです。

