こころの成り立ち-傷と心の反応
わたしたちは日常のなか、様々な出来事に遭遇します。
同じ出来事を経験しても、人はそれぞれにまったく異なったこころの体験をします。
ある固有の経験をとおして
・Aさんは楽しい、嬉しいと感じ
・Bさんには苦痛で悲しいと感じる
そのようなことが起きます。
それは、こころのフィルターがひとりひとりに異なっているから。
そしてそのフィルターが形成された背景には、幼い頃の境遇、親や社会からの価値観などが複雑に絡み合っていることが往々にしてあります。
-なぜ、自分のこころはこのように反応してしまうのか
-こころの傷がどのように形成されたか
-変わりたいけど、変われない
そうしたとき、自身のこころが、どのような性質(フィルター)を持っているのかを理解することで、ほんの少しずつでも、傷を癒し、反応の仕方が変容、変わっていきます。
ひとつの事柄や心理的な要素を取っても、さまざまな受け取り方があるという一例として、一緒に辿ってみたいと思います。
事象:パートナーが自宅のソファに座ってうつむいて座っている
それを観たAさんのこころには
・わたしはこんなに忙しいのに、何を休んでいるのか:怒り
・何かストレスや悩み事でもあるのだろうか:不安
・最近かまってくれないな:悲しみ
・わたしは自分時間を自由にできて嬉しい:喜び
Aさんのこころのフィルターの種類・性質によっては
これらのような反応が浮かぶことが考えられます。
ひとつの事象を取ってもこれだけ様々な受け取り方があります。
更に、心理的な型・気質の背景を深掘りしていきますと
パートナーがソファに座ってうつむいている
・わたしはこんなに忙しいのに、何を休んでいるのか:怒り
⇒【わたしは頑張らなければ、努力しなければならない】:努力・あるべき型
・何かストレスや悩み事でもあるのだろうか:不安
⇒【自分の事よりも、他者を優先してしまう】:自己犠牲型
・最近かまってくれないな:悲しみ
⇒【見捨てられたらどうしようという不安】:愛着不安型
・わたしは自分時間を自由にできて嬉しい:喜び
⇒【自分の世界には干渉されたくない】:自立・独立型
そして更に、それぞれの型・気質の背景を深掘りしていきます。
パートナーがソファに座ってうつむいている
・わたしはこんなに忙しいのに、何を休んでいるのか:怒り
⇒【わたしは頑張らなければ、努力しなければならない】:努力・あるべき型
⇒【自分のことは自分でやりなさい、と育てられた】
・何かストレスや悩み事でもあるのだろうか:不安
⇒【自分の事よりも、他者を優先してしまう】:自己犠牲型
⇒【親はアルコール依存症だった。わたしは親のケアばかりしてきた】
・最近かまってくれないな:悲しみ
⇒【見捨てられたらどうしようという不安】:愛着不安型
⇒【親同士がケンカばかり。自分自身のケアをする余裕はなかった】
・わたしは自分時間を自由にできて嬉しい:喜び
⇒【自分の世界には干渉されたくない】:自立・独立型
⇒【親はわたしには無関心だった。又は過干渉だった】
つまり
特定の事象に対するこころの感情的反応
⇒反応に影響しているフィルターの型
⇒フィルターが形成された背景
と深掘りしていくことで、自身のこころの成り立ちについて、理解を深めることができます。
この「反応するこころ」とそれに伴って沸き起こる「不安」の構造、正体を知ることができると、不安感は不思議と小さくなり、おさまっていきます。
例えていうと
・暗がりで自身の前にヘビがいる
と信じており、不安・恐怖していた状態から、灯かりで照らしてみると
・ヘビではなく、ロープだったとわかる
ことで、不安や恐怖心が薄らいだ、というようなものです。
「ヘビがいる」と信じ切って疑わない状態は『無智』と言え
「ヘビではないのかもしれない」と気づきがある状態は『無智の知』
「ヘビではないと気づきに至った」状態が『智慧』
この無智⇒智慧に至るプロセスは、意識が外側から、内側であるこころのなかへと方向を変え、探求していくなかで起こります。
わたしたちの苦しみの答えは、いつの時も自分のこころのなか、「こころの在り方」にあります。
外側に囚われ、執着し続けている間は、苦しみは続くものかもしれません。
大丈夫です。いまあなたの抱える苦しみは、ずっとは続きません。
気づきを経て、すこしずつすこずつ、ちいさくなっていきます。
生きていく限り、苦しみが無くなることはありませんが、それに対するこころの在り方、向き合い方が変わることで、苦しみの形も変わっていきます。
大丈夫です。


