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静寂の中の言葉たち
-こころのしくみと、生きづらさをほどくちいさなエッセイ-
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「役割」ではなく「存在」として生きる
あなたは人生を「役割」に生きていませんか。 -子供が自分を必要としなくなると不安になる -パートナーが自分以外の世界を持つと落ち着かない -仕事で役割が変わると自分の存在が揺らぐ 子供が成長し、巣立っていく過程や、パートナーとの関係性など、親密な他者との関に於いては、そのような心理状態が生まれることがよくあり、対象となる他者が自分を生き始めると、自分の価値が揺らぎ、からっぽになるような感覚を覚えることがあります。 それは ・自分の価値を「役割」と紐づけ ・自他の世界が分離できず(*) ・自分の価値を外側に置いてしまっている状態 かもしれません。 *ここでは心理学的な”自他の境界”の話をしています それ自体はけして悪いことではなく、幼い頃など、そうしなければ生きてこられなかった、という背景があるものと思います。親や社会から役割を課され、それがあなたの生きる価値だとみなされてしまった。あなたのその特性は生存本能として、身に着けざるを得なかったものです。 わたしの場合、父親にそうした気質があり -一家の主として尊重すること -自分を頼りにすること...
9月22日


愛着障害
わたしは愛着障害を抱えながら生きています。 愛着障害とは、幼少期の養育環境によって「安心感の基盤」が揺らぎ、人間関係で強い不安や恐れが生じやすくなる状態を指します。 傷の根っこは、幼い頃の両親との関係性にあると思われ、安心と不安が極端に混在する家庭環境のなかで生まれました。 環境の変化やストレスが重なったとき、思いがけず発症することがあり、そのときは青年期に苦しんだ強迫神経症のよう、他者にとってはなんでもない事柄が、自身にとってはとてつもない不安を感じさせる事柄に受け取られてしまいます。 不安に駆られたとき、掴まれてしまったとき、感情的に行動してしまうのではなく、外の現象、現実からは距離を置き、できるだけ冷静に、客観的に事実を見極めようと努めます。 大抵の場合、外の現象や事実は自分が思っているほど大げさなことではなく、大げさに感じさせているのは、自身のこころのフィルター、更には根っこにある傷がそうさせているとわかります。 書いてしまうとシンプルに思えますが、当人にとっては、ある意味地獄です。 不安につかまれたときの苦しさは本当に辛い。...
9月10日


子どもの不登校と、わたしのこころ
子どもが学校へ行けないとき、わたしたちは 自分を、そして子どもを責めてしまうときがあります。 この文章を読んで、あなたのこころが すこしでも軽くなってもらえたら、わたしは幸せです。 これまでわたしは、「不登校」という言葉を できるだけ使いたくないと感じてきました。 それはどこか -社会的な問題 -重たいもの -(無意識に) 子供たちが責められる構図 そうしたものを感じ取ってしまうためです。 「不登校=良くないこと→改善しなくてはならない」 という形では、捉えたくないと感じています。 わたしの息子は長い間、学校へ行けていません。 その子、その子の特性もあると思いますが ほかの兄弟も学校へ足が向かなくなってしまいました。 彼らが安心できる家庭を築けてきたかと問われたとき わたしは胸を張って、そうだと言うことはできません。 (誤解なさらないでほしいのですが、家庭は安心の土台にはなり得ますが 不登校がその原因だと意図するものではありません) わたしたちは、どうしても表面的な事象に囚われ 判断し、外の世界を変えようとしてしまいます。 -学校に行けない子供た
7月23日


「かれは、わたしの父でした」
これは、わたしの個人的な人生の話です。 何かを善悪で測る意図はありません。 ご理解頂けたらと思います。 わたしの父は、独裁的なひとでした。 自分が全てで、他者はそこにはおらず 暴力的な言葉や態度で、家族を傷つけ それにより自分の傷を癒そうとする そのようなひとでした わたしの幼いころ 家の中は荒れ、暴言や物が投げ壊され 両親の夫婦喧嘩は日常でした 幼い、若い時分の私には 自分を顧み、ケアをする余裕は無く 両親の関係を仲裁しようとしたり ただ怯え、家族が壊れないように 母が消えてしまわないようにと びくびくしていたように思います ある程度大きくなった私は 自身のなかに、両親に対する とめどない怒りを見出すようになります 死期の近付く父に向かって 電話越しに「ひとりで死ねばいい」 と言葉を投げつけたこともありました 父は、最期まで 過去の過ちや孤独、虚しさ それらを受け入れることができず 必死に逃げ続け、孤独のなかに死を迎えます 父の死を経て ある時期より両親への怒りは 不思議とちいさなものになっていきました もうどうでもいい そんな感覚でもありまし
4月4日


いのちの継ぎ手
コップに水をくべ そこにアボカドの種を据えておくと しばらくして種が芽を出し始めます その芽は次第に大きくなり 鮮やかな緑を呈し、立派な葉を開きます 一方で、土の表面近くにある アボカドの種は、次第にしわがれ しょぼくれて小さくなっていき どんどんと立派に育っていく葉を 下から眺めているようにも見えます わたしはそこに、 生命として、人間としての親子 いのちのバトンを感じざるを得ません 親子のかたちは様々なので いちがいにこれ、と言うことはできません でもときに、 自分が何のために生きるのかと 思いを巡らすとき そのアボカドの種を思い出すことがあります 幸いにして、ゆたかな愛情を 得られたひとであっても 愛情にめぐまれなかったひとであっても 誰もが精一杯を生きています 誰も彼も、好きこのんで 自ら選んで、愛情不足になった訳ではなく 愛にめぐまれた人間に生まれることを 選択できたのであれば それを選んだのではないでしょうか どのような形であっても わたしたちは精一杯に生きており わが子であっても わが子ではなくとも、次なる世代の子らへと その精一杯
3月29日
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