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子供の不登校に悩む方へ
「不登校」という言葉。
現代を生きるわたしたちにとって、とても身近なものになってしまいました。
文部科学省のデータに於いても、不登校の子供たちは年々増え続けており、それだけ多くの子供たちが学校環境や、そこに於ける人間関係などに苦しんでいることを示しています。
この社会のなかでは、「不登校」という言葉に
・学校に行かないことは良くないこと
・勉強に遅れていくことの不安
・頑張りが足りないのでは
といった、どこかネガティブな響きがつきまといます。
わたし自身、子供たちが学校へ行けない時期を長く経験してきました。
しかし、彼らは怠けているなどではなく、ただ純粋に「学校という環境に、自身のこころが合わないことを知っている」だけなのだと、感じています。
わたしは決して「学校がよくない場所」だと言いたいわけではありません。
そうではなく、「不登校=良くないこと」と表面的に捉えるのではなく、まずは『子供が学校へ行きたくない』という事実を心理的に受け入れること。そしてそのうえで『彼らのこころの声を聴いていく』ことが大切だと感じています。
あたりまえのように聞こえるかもしれません。でも、これはとても難しいことなのです。
態度では子供のことを理解を示していても、こころの奥では「理解するから、何とか学校へ行ってほしい..」「どうすれば行ってくれるのだろう..」という切実な願いが生まれます。この願いは自然なものですが、同時に『子供のありのままに抵抗するこころ』でもあります。
わたしたち大人は、育ってきたなか、親や社会から「こうあるべき」という多くの社会的な価値観を受け入れてきてしまいます。その価値観、ものさしの前提に立ってしまうと、ありのままの子供たちの気持ちに触れることができません。
多くの子供たちは、そうした社会的な「こうあるべき」という価値観には染まり切ってはおらず、ただ純粋に「何か不安だ」「イヤな感じがある」という感覚から、不登校に至ってしまうことが多いのです。
だからこそ、まずは彼らの「学校へ行きたくない」という思いを、まるごと受け入れ、包み込んであげる。そこから対話が始まります。
子供たちを変えようとするのではなく、ありのままの彼らを受け入れ、こころを聴いていくなかで、すこしずつ何かが変わり始めます。
それは、彼らのこころのなかに「安心」や「安全基地」が育っていくということかもしれません。
これは、わたし自身が子供を通して現実に観てきた実体験でもあります。
彼らの変化は、私たちがおどろくようなタイミングで、おどろくほど自然に訪れます。
わたしたちのこころに抵抗がなくなり
子供たちの「ありのまま」を受け入れ
長い時間をかけ、彼らのこころの声を聴いていく
子供たちのなかに「もう大丈夫」という安全基地が築かれたとき
彼らは自然と、自分の足で歩み始めます
子供の不登校を通して、
じつは、試されているのはわたしたち大人のほうなのかもしれません。
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